安全大会の挨拶とヘルメット

協力会会長、元請け社長の立場での安全大会の挨拶のお役立ち情報をお伝えしています。

「ご安全に」が足場である。

time 2025/09/07

朝から空気がぬるく重い。
現場のゲートをくぐると、アスファルトの匂いに混じって蝉の声が頭上で震えている。ヘルメットの中はすでに汗でじっとり、作業服の背中に塩の白い筋が浮いていた。

「おはようございます」
「ご安全に」

若手の亮は、缶のスポドリを握りしめてうなずいた。今日はクレーンの玉掛けが多い。暑さで判断が鈍る――朝礼で所長がそう言っていたのを思い出す。

「本日、WBGT高め。こまめに給水、30分に一度は日陰で休憩。――ご安全に!」

全員で声を合わせると、空のどこかで熱がぱちんと弾けた。

 

七月、全国安全週間に合わせた「安全大会」。
会館のガラス扉の向こうは陽炎が揺れ、冷房の風が首筋を撫でても、作業服の中の汗は乾ききらない。壇上の横断幕には、大きく標語。

> 『この一声が事故を断つ ご安全に』

ベテランの職長・神田がマイクの前に立つ。
「三年前の夏、俺は熱中症で足場から降りられなくなった。自分ではまだやれると思ってた。けど相方が声をかけてくれたんだ。『ご安全に。いったん休もう』って。あの一言で助かった」

神田はタオルで額をぬぐい、続けた。
「『ご安全に』は、作業前の儀礼じゃない。仲間の命に触る言葉だ。異変を見つけたら、遠慮なくぶつけろ。――ご安全に、ってな」

会場にうなずきの波が走る。亮は手のひらで紙コップの冷たさを確かめながら、その言葉の重さを飲み込んだ。

大会の締め、全員で唱和する。
「ご安全に!」
声が天井で跳ね返り、蝉時雨と混じって胸に落ちてきた。

 

翌日。

鉄骨が白く照り返すフロアで、玉掛けの合図を出そうとした亮は、隣の先輩・小谷の手袋の指先が汗で滑っているのに気づいた。動作もどこか遅い。

「小谷さん――ご安全に!」
「ん?」
「一回、日陰で冷却しましょう。手が利いてないっす」

小谷は一瞬むっとした顔をしたが、すぐ苦笑いになった。
「……そうだな。助かった」

二人で日陰に移り、冷却パックを首筋に当てる。補給用の塩タブレットを噛み砕く音が、真昼の機械音に混じって小さく響いた。戻って作業を再開したとき、ワイヤは素直に歌い、フックは狙い通りの角度で止まった。

作業終了のホイッスル。
夕立の匂いが風にまじり、空の端で稲光が糸のように走る。ゲートを出ると、神田がタオルを肩にかけて待っていた。

「小谷、顔色戻ったな。亮、さっき声かけたろ」
「はい。ご安全に、って」
「いい声だった。あれで一日が変わる」

亮は照れくさく笑い、ヘルメットのあご紐を外した。汗に濡れた髪に、夕立の最初の一滴が落ちる。

「今日も一日……ご安全に」

誰かが同じ言葉を返す。
その短い往復の中に、見えない綱が張られている気がした。明日、またここに立つための綱だ。蝉が鳴きやまない夏の空の下で、言葉は確かな足場になっていた。

 
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編集後記:

「ご安全に」という言葉の背後にある“祈り”を描いてみました。夏の熱気と人の思いやりが、現場を支える影の足場なのかもしれません。