2025/11/21
ヒューマンエラーは、人間の認知、判断、行動における誤りのことだ。うっかりミス、思い込み、確認不足。人間であれば誰でも起こしうる過ちである。
安全教育では「ヒューマンエラーを減らしましょう」と言われる。それは正しい。しかし、私はもう少し踏み込んで考えてみたい。
そもそも、ヒューマンエラーが「関わらない」事故というのは、存在するのだろうか。
統計が示す圧倒的な数字
厚生労働省の「労働災害原因要素の分析」によると、労働災害発生の原因のうち、不安全な行動(ヒューマンエラーを含む)が関与している割合は96.4%に達する。不安全な行動と不安全な状態の両方に起因するものが94.7%、不安全な行動のみに起因するものが1.7%だ。
つまり、労働災害のほぼすべてに、何らかの形で人間の行動が関与している。
別の統計では、労働災害の8割に人間の不安全行動が含まれているとも言われている。どちらの数字を取っても、ヒューマンエラーが関わらない事故は極めて少ないことがわかる。
「直接」と「間接」の関与
ヒューマンエラーの関与には、直接的なものと間接的なものがある。
直接的な関与は、事故の直前に起きたエラーだ。足を滑らせた、確認を怠った、操作を誤った。これらは事故の「引き金」となるエラーである。
間接的な関与は、事故の背景にあるエラーだ。設備の点検を怠った人がいる、マニュアルを不十分に作成した人がいる、危険な作業手順を承認した人がいる、人員配置を誤った管理者がいる。これらは事故の直前には見えないが、事故の「土壌」を作ったエラーである。
一見すると「機械の故障」や「設備の不具合」が原因に見える事故でも、掘り下げていくと、その故障を見逃した人、点検を怠った人、不具合を放置した人が見つかることが多い。
では、ヒューマンエラーが関わらない事故とは何か
ここで逆の問いを立ててみたい。ヒューマンエラーがまったく関わらない事故とは、どのようなものだろうか。
理論的に考えると、以下のようなケースが該当しうる。
1. 純粋な自然災害
予測不可能な地震、落雷、突風など、人間がどうしようもない自然現象による事故。ただし、「その場所で作業をする判断をした人」「避難が遅れた人」「耐震対策を怠った人」を考えると、完全に人間が関わらないケースは少ない。
2. 設計時点で予見不可能だった機械の故障
製造時点では誰も予測できなかった欠陥による故障。しかし、これも「点検で発見できなかったか」「類似事例の情報を収集していたか」を問えば、人間の関与が見えてくる場合がある。
3. 完全に外部からの要因
たとえば、現場に第三者の車両が突っ込んでくるような事故。ただし、「その場所に安全対策を施していなかった」という点で、間接的な関与を問える場合もある。
こうして考えていくと、純粋にヒューマンエラーが関わらない事故を見つけることは、非常に難しい。
「人間がいる限り、エラーは起きる」という前提
この事実は、悲観的に捉えるべきものではない。
むしろ、「人間がいる限り、エラーは必ず起きる」という前提を受け入れることが、安全対策の出発点になる。
「エラーをゼロにしよう」という掛け声は、精神論としては美しい。しかし、人間の認知能力には限界がある。疲労すれば注意力は落ちる。急げばミスが増える。慣れれば油断が生まれる。これは人間の本質であり、変えることはできない。
だからこそ、「エラーが起きても事故にならない仕組み」が必要になる。フェイルセーフやフールプルーフの考え方だ。人間がミスをすることを前提に、それでも安全が保たれるよう設計する。
「人のせい」にして終わらせない
ヒューマンエラーが事故の原因であることは、ほぼ確実だ。しかし、それを「人のせい」にして終わらせてはいけない。
事故が起きたとき、「あいつがミスをしたから」と個人を責めるのは簡単だ。しかし、それでは何も解決しない。その人を処分しても、別の人が同じミスをする可能性がある。人間は必ずミスをするからだ。
重要なのは、「なぜその人はミスをしたのか」「なぜそのミスが事故につながったのか」を掘り下げることだ。
疲労していたのか、時間に追われていたのか、教育が不十分だったのか、作業手順に無理があったのか、設備に問題があったのか。個人のエラーの背後には、必ず組織的・構造的な要因がある。そこに手を打たなければ、同じ事故は繰り返される。
「ヒューマンエラー」という言葉の使い方
ここで一つ、注意を促したい。
「ヒューマンエラー」という言葉は、使い方によっては危険だ。
事故報告書に「原因:ヒューマンエラー」と書いて終わりにしてしまうケースがある。これは思考停止だ。ヒューマンエラーはほぼすべての事故に関わっているのだから、それを「原因」と言ってしまえば、すべての事故の原因は「ヒューマンエラー」になってしまう。何も言っていないのと同じだ。
「ヒューマンエラー」は原因ではなく、結果だ。その結果を生んだ背景、その結果が事故につながった仕組みを分析することが、真の原因究明である。
安全大会の挨拶での活用
この考え方を安全大会の挨拶に盛り込むなら、以下のようなアプローチが考えられる。
「人間だから」を前提にする
「統計では、労働災害のほぼすべてに人間の行動が関わっています。つまり、人間がいる限り、事故のリスクはゼロにはなりません。だからこそ、ミスが起きても事故にならない仕組みを、一緒に作っていく必要があります」
「誰かのせい」にしない文化を語る
「事故が起きたとき、『誰がミスをしたか』を追及するだけでは、何も変わりません。大切なのは、『なぜミスが起きたのか』『なぜそれが事故につながったのか』を掘り下げることです。ミスを報告しやすい雰囲気を、現場から作っていきましょう」
仕組みの重要性を強調する
「人間の注意力には限界があります。疲れれば判断が鈍る、急げば確認を省略する。それが人間です。だからこそ、注意力に頼らない安全対策、仕組みで守る安全が必要なのです」
まとめ
ヒューマンエラーが関わらない事故は、ほぼ存在しない。統計上、労働災害の96%以上に人間の不安全行動が関与している。直接的なエラーだけでなく、間接的なエラー(点検の怠り、不十分な教育、不適切な判断など)まで含めれば、純粋に人間が関わらない事故を見つけることは極めて難しい。
この事実は、「人間がいる限りエラーは必ず起きる」という前提を受け入れることの重要性を示している。エラーをゼロにしようとするのではなく、エラーが起きても事故にならない仕組みを作る。個人を責めるのではなく、エラーを生んだ背景を掘り下げる。
ヒューマンエラーは原因ではなく、結果だ。その結果を生んだ構造に向き合うことが、真の安全対策につながる。