2025/11/21
安全大会の挨拶で、「当社の度数率は○○で、業界平均と比較して…」という話を聞くことがある。
度数率や強度率は、労働災害の発生状況を客観的に示す重要な指標だ。企業間の比較や、自社の安全成績の推移を把握するうえで欠かせない数字である。
しかし、この数字を安全大会の挨拶で現場の作業員に向けて話したとき、どれだけの人が「自分ごと」として受け止めているだろうか。
私は、度数率・強度率は経営陣や協力会の役員の間で用いるべき数字であり、現場の作業員には別の伝え方をすべきだと考えている。
度数率・強度率とは何か
まず、度数率と強度率の定義を確認しておこう。
度数率は、100万延べ実労働時間あたりの労働災害による死傷者数を表す。計算式は以下のとおり。
度数率 =(労働災害による死傷者数 ÷ 延べ実労働時間数)× 1,000,000
強度率は、1,000延べ実労働時間あたりの労働損失日数を表す。計算式は以下のとおり。
強度率 =(延べ労働損失日数 ÷ 延べ実労働時間数)× 1,000
どちらも、企業規模や労働時間の違いを調整して、安全成績を比較できるようにした統計指標だ。
度数率・強度率が「伝わらない」理由
度数率・強度率は、なぜ現場の作業員に伝わりにくいのか。
1. 計算式が抽象的すぎる
「100万延べ実労働時間あたりの死傷者数」と言われて、それが自分の日常とどうつながるのか、すぐに理解できる人は少ない。「延べ実労働時間」という概念自体が、日々の作業とは遠い世界の話に感じられる。
2. 数字が小さすぎてピンとこない
度数率は、建設業でも1〜2程度の数字であることが多い。「度数率が1.5から1.2に下がった」と言われても、その0.3の違いが現場でどういう意味を持つのか、実感しにくい。
3. 比較のための指標である
度数率・強度率は、そもそも「比較」のために設計された指標だ。自社と業界平均を比較する、今年と去年を比較する、A事業所とB事業所を比較する。こうした比較分析は経営上重要だが、現場の一人ひとりにとっては「だから何?」という話になりやすい。
経営陣にとっての意味
度数率・強度率は、経営陣にとっては非常に有用な指標だ。
業界内でのポジション把握
自社の度数率が業界平均より高いのか低いのか。それによって、安全対策の優先度や投資判断が変わる。
経年変化の追跡
過去5年、10年のトレンドを見ることで、安全施策の効果を検証できる。
目標設定と評価
「度数率を○○以下にする」という定量目標を設定し、達成度を評価できる。
対外的な説明
取引先や発注者に対して、自社の安全成績を客観的な数字で示すことができる。
これらはすべて、経営レベルでの意思決定に必要な情報だ。度数率・強度率は、そのための言語として機能している。
現場にとっての意味
では、現場の作業員にとって、度数率・強度率はどういう意味を持つか。
正直に言えば、ほとんど意味を持たない。
現場の作業員が気にしているのは、「今日の作業で怪我をしないか」「隣で働く仲間が安全か」ということだ。100万時間あたりの死傷者数という抽象的な数字は、その関心とはかけ離れている。
「当社の度数率は1.2です」と言われても、それが自分の行動をどう変えるべきかという示唆は得られない。
現場に届く伝え方
現場の作業員に安全への意識を高めてもらうには、度数率・強度率を別の形に「翻訳」する必要がある。
「○人が怪我をした」という具体的な人数
「昨年、当社では○人の仲間が怪我で休業しました」という伝え方は、度数率よりもはるかに具体的だ。数字の向こうに人がいることが見える。
「○日間、仕事を休んだ」という損失日数
強度率を「延べ○日間、仲間が仕事を休まざるを得なかった」と言い換えると、その重みが伝わる。
「○人に1人」という確率
「この会場にいる100人のうち、統計的には○人が今年中に怪我をする可能性がある」という言い方は、自分ごととして考えさせる力がある。
具体的な事故の内容
「昨年は、足場からの転落で○人、工具の落下で○人が怪我をしました」と、事故の種類と人数を具体的に伝えると、どこに注意すべきかが明確になる。
二段構えで伝える
誤解のないように言っておくと、度数率・強度率を使うこと自体が悪いわけではない。
問題は、誰に向かって話しているかを意識せずに使うことだ。
安全大会には、経営陣も現場の作業員も参加している。両者に向けてメッセージを届けるなら、二段構えで伝えるのが効果的だ。
まず、具体的な人数や事例で現場の作業員の心をつかむ。「昨年は○人の仲間が怪我をしました。そのうち○人は骨折で、○人は入院が必要でした」と伝える。
その上で、全体像を示す。「これを統計指標で見ると、度数率は○○となり、業界平均と比べて○○という位置にあります」と補足する。
この順番が重要だ。最初に統計指標を出すと、現場の人は聞く気をなくす。最初に具体的な話をして関心を引き、その後で全体像を示す。
「経営の言葉」と「現場の言葉」
これは、度数率・強度率に限った話ではない。
安全管理には、「経営の言葉」と「現場の言葉」がある。
度数率、強度率、リスクアセスメント、PDCA、KPI。これらは経営の言葉だ。管理体制を構築し、成果を測定し、改善を図るために必要な概念である。
一方、「怪我をしない」「仲間を守る」「無事に家に帰る」「痛い思いをしない」。これらは現場の言葉だ。一人ひとりの行動を変えるための言葉である。
どちらも必要だ。しかし、使う場面を間違えると、メッセージは届かない。
経営会議では経営の言葉を使う。安全大会の挨拶では、現場の言葉を中心に使い、必要に応じて経営の言葉を補足する。この使い分けができるかどうかで、安全への取り組みの実効性は大きく変わる。
安全大会の挨拶での活用
この考え方を安全大会の挨拶に盛り込むなら、以下のようなアプローチが考えられる。
具体的な人数から入る
「昨年、当社の現場で○人の方が怪我をしました」と切り出す。「度数率は○○でした」とは言わない。数字の向こうにいる人の存在を、最初に意識させる。
統計は補足として使う
「この○人という数字を、業界の統計と比較すると…」という形で、後から補足する。順番を逆にしない。
改善を「人数」で語る
「今年の目標は度数率○○以下」ではなく、「今年は怪我をする人をゼロにする」と語る。目標を人の言葉で表現する。
まとめ
度数率・強度率は、労働災害の発生状況を客観的に把握するための重要な統計指標だ。経営陣や協力会の役員が、安全成績を分析し、目標を設定し、対外的に説明するために欠かせない。
しかし、この指標をそのまま現場の作業員に伝えても、自分ごととして受け止めてもらうのは難しい。計算式が抽象的で、数字が小さく、日々の作業とのつながりが見えにくいからだ。
現場には、「昨年○人が怪我をした」「○人が入院した」という具体的な人数で伝えるほうが効果的だ。数字の向こうに人がいることを意識させ、自分ごととして考えてもらう。
度数率・強度率は経営陣のための言葉、人数や具体的な事例は現場のための言葉。この使い分けを意識することで、安全へのメッセージはより確実に届くようになる。