2025/11/21
フェイルセーフとは、機械や設備が故障したとき、自動的に安全な状態になるよう設計する考え方だ。
クレーンの過負荷防止装置、エレベーターの非常ブレーキ、電動工具のデッドマンスイッチ。「壊れても安全」を目指す設計思想である。
これは原則として、機械側の話だ。機械が壊れたときにどう振る舞うか、という設計の問題である。
しかし、この思想を「人間」に、「現場」に適用したら、どうなるだろうか。
「失敗しても大丈夫」という発想
フェイルセーフの本質は、「失敗は起きる」という前提に立つことだ。
機械は壊れる。だから、壊れたときに安全な状態になるよう設計する。「壊れないようにする」だけでなく、「壊れても大丈夫なようにする」。
この発想を人間に適用すると、こうなる。
人間は失敗する。だから、失敗したときに安全な状態になるよう現場を設計する。「失敗しないようにする」だけでなく、「失敗しても大丈夫なようにする」。
言葉にすると当たり前のようだが、現実の安全対策は「失敗しないようにする」に偏っていることが多い。注意喚起、教育、指導、マニュアルの徹底。どれも「失敗させない」ための施策だ。
もちろん、失敗を減らす努力は必要だ。しかし、人間は必ず失敗する。どれだけ教育しても、どれだけ注意しても、失敗はゼロにならない。
だからこそ、「失敗しても大丈夫」な現場を作るという発想が重要になる。
「落ちても大丈夫」な現場
建設現場で最も多い死亡災害は、墜落・転落だ。
墜落を防ぐための施策は多い。足場の点検、手すりの設置、開口部の養生、フルハーネスの着用義務。どれも「落ちないようにする」ための対策だ。
しかし、フェイルセーフの発想で考えると、「落ちても大丈夫」な現場を作るという視点が出てくる。
親綱とフルハーネスの組み合わせは、まさにこの発想だ。作業員が足を滑らせても、ハーネスが体を支え、親綱が落下を止める。「落ちないようにする」のではなく、「落ちても止まる」仕組みだ。
安全ネットも同様だ。高所から落下しても、ネットが受け止める。「落ちないようにする」のではなく、「落ちても大丈夫」な環境を作る。
これらは、人間に対するフェイルセーフと言える。
「怪我をしても大丈夫」という究極の発想
この発想をさらに進めると、「怪我をしても大丈夫」という考え方に行き着く。
怪我をしても大丈夫。ぜんぜん大丈夫ではない、と思うかもしれない。怪我は痛いし、後遺症が残ることもある。絶対に避けたいことだ。
しかし、「怪我をしても大丈夫」という発想は、決してふざけた話ではない。
怪我は起きる。どれだけ対策しても、ゼロにはできない。その前提に立ったとき、「怪我が起きたときに、被害を最小限にする」「怪我が起きたときに、迅速に対応できる」という発想は、極めて現実的だ。
具体的には、こういうことだ。
- 応急処置の体制を整えておく
- AEDや救急キットを適切に配置する
- 緊急搬送のルートと手順を確認しておく
- 近隣の病院との連携を取っておく
- 労災保険の手続きをスムーズに行える体制を作っておく
これらは、「怪我をしないようにする」施策ではない。「怪我が起きたときに、最悪の事態を防ぐ」施策だ。
怪我をしても、命は助かる。怪我をしても、後遺症を最小限にできる。怪我をしても、生活が破綻しない。そういう「大丈夫」を作っておくことは、安全管理の重要な一部だ。
「非現実的」と言われるかもしれないが
忙しい現場で、こんな発想は非現実的だと言われるかもしれない。
工期に追われ、人手も足りない。「落ちないようにする」ための基本的な対策すら、十分にできていないのに、「落ちても大丈夫」な環境作りまで手が回らない。そんな声が聞こえてきそうだ。
確かに、理想と現実には差がある。
しかし、だからといってこの発想を捨てるべきではない。
むしろ、忙しいからこそ、この発想が必要だ。忙しい現場では、人間の注意力は低下する。疲労が溜まり、判断が鈍り、失敗の確率が上がる。「失敗しないようにする」施策だけでは、限界がある。
「失敗しても大丈夫」な仕組みを作っておくことで、忙しい現場でも安全を確保できる。人間の注意力に頼りきらない安全対策。それが、フェイルセーフの本質だ。
機械と人間の違い
ただし、機械のフェイルセーフと、人間に対するフェイルセーフには、一つ大きな違いがある。
機械のフェイルセーフは、設計段階で組み込まれる。一度設計すれば、あとは自動的に機能する。人間の意思や努力は必要ない。
しかし、人間に対するフェイルセーフは、継続的な努力が必要だ。
安全ネットは張りっぱなしにしておけばいいわけではない。定期的に点検し、劣化していないか確認する必要がある。フルハーネスも、正しく装着しなければ意味がない。応急処置の体制も、訓練しなければ実際の場面で機能しない。
つまり、人間に対するフェイルセーフは、「仕組み」を作るだけでなく、「仕組みを維持する」努力が必要だ。
ここに、人間の意思と行動が介在する。だからこそ、「失敗しても大丈夫な現場を作る」という意識を、現場全員で共有することが重要になる。
安全大会の挨拶での活用
この考え方を安全大会の挨拶に盛り込むなら、以下のようなアプローチが考えられる。
「失敗は起きる」という前提を共有する
「どれだけ注意しても、人間は失敗します。それを責めても仕方がない。大切なのは、失敗が起きたときに、最悪の事態を防ぐ仕組みを作っておくことです」
フルハーネスや安全ネットの意味を問い直す
「フルハーネスは、落ちないためにつけるのではありません。落ちても大丈夫なようにつけるのです。この違いを意識してください」
「大丈夫」の範囲を広げる
「私たちの目標は、事故ゼロです。しかし同時に、万が一のときに命を守る体制も整えています。応急処置の訓練、搬送ルートの確認、病院との連携。これらも、皆さんを守るための安全対策です」
まとめとして
「失敗しないようにする」努力と、「失敗しても大丈夫なようにする」仕組み。この両輪で、より安全な現場を作っていくことが望ましい
そして、「失敗しても大丈夫なようにする」ことを肯定するのがフェイルセーフの考え方である。