2025/11/21
安全大会では「労働災害ゼロを目指す」「労災撲滅」といった言葉が頻繁に使われる。
しかし、この「労働災害」という言葉、現場の作業員一人ひとりの心にどれだけ届いているだろうか。
私は、「労働災害」という表現に、どこか会社側の、組織側の響きを感じている。法律用語であり、統計用語であり、報告書に書く言葉だ。正しい言葉ではある。しかし、現場で汗を流している人にとって、自分ごととして響く言葉だろうか。
「労働災害」は誰の言葉か
「労働災害」という言葉の定義を確認してみよう。
労働安全衛生法では、「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡すること」と定義されている。
この定義を読んで、自分の身に起きることだと実感できる人が、どれだけいるだろうか。
「労働災害」という言葉は、本質的に管理する側の言葉だ。
会社が労働基準監督署に報告する言葉。統計を取るための言葉。安全管理体制を構築するための言葉。どれも重要な目的を持っているが、現場の一人ひとりに「自分の身を守ろう」という意識を芽生えさせる言葉かというと、疑問が残る。
言葉は意識を形作る
言葉の選び方は、人の意識に影響を与える。
たとえば、「交通事故」と「交通事故死」では、受ける印象がまったく違う。「交通事故を減らそう」と言われるより、「交通事故死をなくそう」と言われたほうが、切迫感がある。
同じことが「労働災害」にも言える。
「労働災害ゼロを目指す」と言われても、どこか他人事に聞こえる。しかし、「現場で怪我をする人をゼロにする」と言われたら、少し響き方が変わる。「あなたが怪我をしないように」と言われたら、さらに自分ごとになる。
言葉を変えるだけで、同じ内容がまったく違う重みを持つ。
現場に届く言い換えを考える
「労働災害」という言葉を、現場の担当者に届きやすい表現に言い換えるとしたら、どのような言葉が考えられるだろうか。
「就業中の怪我」
最もシンプルな言い換えだ。「労働災害を防ぐ」より「仕事中に怪我をしないようにする」のほうが、具体的で自分ごとになる。
「現場での事故」
建設業では「現場」という言葉に特別な重みがある。「現場での事故を防ぐ」という言い方は、作業員にとって身近に感じられる。
「仲間の怪我」
自分だけでなく、一緒に働く仲間の怪我を防ぐという視点を加えると、チームとしての意識が生まれる。「労働災害ゼロ」より「仲間に怪我をさせない」のほうが、行動につながりやすい。
「痛い思い」
さらに直接的な表現だ。「痛い思いをしないために」「痛い思いをさせないために」という言い方は、感覚に訴える力がある。
「労災」という略語の功罪
「労働災害」は「労災」と略されることが多い。この略語にも、少し考えるべき点がある。
「労災」という言葉は、現場でも広く使われている。「労災になった」「労災で休んでいる」といった使い方だ。
しかし、「労災」という略語は、保険や手続きのニュアンスを強く持っている。
「労災保険」「労災申請」「労災認定」という文脈で使われることが多いため、「労災」と聞くと、怪我をした後の補償や手続きを連想する人も多い。つまり、「事故が起きた後」の話に聞こえてしまう。
安全大会で伝えたいのは「事故を起こさない」ことだ。「労災を防ぐ」という言い方だと、無意識のうちに「事故の後始末」の話に聞こえてしまうリスクがある。
法律用語と現場の言葉を使い分ける
誤解のないように言っておくと、「労働災害」という言葉が間違っているわけではない。
法律上の正式な用語であり、報告書や統計では使うべき言葉だ。安全衛生管理体制の中で、共通の定義を持った言葉として機能している。
しかし、使う場面によって言葉を選ぶことは重要だ。
書類や報告書では「労働災害」と書く。しかし、安全大会の挨拶や朝礼で、作業員の心に響かせたいときは、別の言葉を選ぶ。この使い分けができるかどうかで、メッセージの伝わり方は大きく変わる。
「自分ごと」にする言葉の力
安全対策が本当に機能するのは、一人ひとりが「自分ごと」として捉えたときだ。
「労働災害ゼロ」というスローガンは、会社としての目標としては正しい。しかし、それが現場の一人ひとりの行動に結びつくかどうかは、別の問題だ。
「自分が怪我をしないように」「隣で働く仲間に怪我をさせないように」「今日、家に無事帰れるように」。こうした表現のほうが、行動を変える力を持っている。
言葉は、意識を形作り、行動を促す。だからこそ、誰に向かって話しているのかを意識して、言葉を選びたい。
安全大会の挨拶での活用
この考え方を安全大会の挨拶に盛り込むなら、以下のようなアプローチが考えられる。
「労働災害」を言い換える
「今日は労働災害ゼロについてお話しします」ではなく、「今日は、皆さんが怪我なく家に帰るための話をします」と切り出す。最初の一言で、聞き手の意識が変わる。
統計を「人」に置き換える
「昨年、建設業では○○件の労働災害が発生しました」という報告を、「昨年、○○人の仲間が怪我をしました」と言い換える。数字の向こうに人がいることを意識させる。
「あなた」に語りかける
「労働災害を防ぎましょう」ではなく、「あなたが怪我をしないでください」「あなたの隣の人を守ってください」と、二人称で語りかける。「あなた」という言葉には、一般論を個人の問題に変える力がある。
まとめ
「労働災害」という言葉は、法律用語として正確であり、安全管理上必要な言葉だ。しかし、それは本質的に管理する側の言葉であり、現場の一人ひとりの心に届きにくい面がある。
安全大会の挨拶や朝礼で、本当に伝えたいことを届けるためには、言葉の選び方を意識したい。「就業中の怪我」「現場での事故」「仲間の怪我」「痛い思い」といった、より具体的で身近な表現を使うことで、聞き手の意識は変わる。
法律用語と現場の言葉を使い分ける。「誰に向かって話しているのか」を意識する。この姿勢が、言葉を届ける力につながり、最終的には安全な現場づくりに貢献する。